イタリアの授業の思い出 その3



3.
イタリアに帰りレポートを完成させた。
レポートの大部分は写真等で構成して良いのだが、もちろんきちんとした文章をイタリア語で書かなければならない。
10ページくらい書いたように思う。
提出の段階になって、クラスメイトで少し言葉を交わしたことがあるまじめな印象の学生が声をかけてくれて、イタリア語を直してくれるという。
教授にも説明してくれて、提出が一日遅れになるのを許してもらう。
彼がイタリア語を直してくれなかったら、きっと教授に私のレポートの内容を理解してもらえなかっただろう。
このレポートは結果的に30点満点で27点を取った。
100点満点で90点にあたるかなりの高得点である。
まわりのイタリア人より成績がよかった。
さすがに思い入れただけあったのかもしれない。

次は口頭試験だ、文献すべて読み終わる訳がないし、どうしたものかと思っていると、
例のイタリア人まじめ青年が文献をまとめたノートをくれるという。
かなりありがたし。彼がまとめたノートだけでも結構な量なのだが、とりあえず読んだ。
しかし、頭には入っていない。あと、選択で選べた文献の一つがIsamu Noguchの作品解説集で私はこの際この本を購入していたのだが(また3時間コピーしたくないので)、
これは英語イタリア語両表記で、私は英語の方が読むのは楽だったから
英語で読んで口頭試験も英語にしてくれないかなと思っていた。

口頭試験当日教室に行くと、いつもの教室とは違いひな壇型になっていて、
教授と生徒ひとりが前の方で口頭試験をし、他の生徒は後ろで待っている。
アルファベット順なのでYの私はいずれにしても最後の方だ。
しかし教授も40人くらいの学生の口頭試験を一人で二日かけてこなすのはなかなか大変だろう。

イタリア人はふだんから驚くほどよくしゃべる。
当然口頭試験でも話す、話す。
よくよく聞いてみると重要なことを言ってないことも多い。
そういったとき、この教授はぴしゃりととめ、もういいです(Basta!)。あなたはしゃべりすぎだという。
こういった潔さが私は好きだった。
言われた学生はきっと言われ慣れているのだろう。まだなんだかしゃべり足りなさそうにしているが、傷ついた様子などない。
この様子を見ていて、私はびびると同時にある意味こっちにアドバンテージがあるなと思った。
私は言葉の壁もあって、そんなに話さないし、ゆっくりわかりやすく話すし、きっと大事なことしか言わない。
いやもちろんわからない質問をされたら答えようもないけれど。

私の試験の番がきた。自分が選択した文献をもって教授のもとに向かう。結構重い。
教授はその場でページをめくりながら、開いたページに関する質問をする。まず私がNoguchiの文献に対して、英語で試験ができるかどうか聞いてみた。
彼は英語を話さないという。フランス語ならいいというが、もちろん私はフランス語など話さない。イタリア語ですることになる。
まず彼は私にはNoguchiの文献に対する質問しかしないと宣言する。
他の本に関しては、あなたにとっては厳しすぎるでしょうと言った。この教授は学生に対してもあなた(Lei:三人称)を使う。こういった上品な言葉使いとタフな面持ちはまさしく私の好むところであった。
彼の質問はNoguchiのカリフォルニアの庭園が何を現しているかであった。
日本庭園が何を現しているか。難しい質問である。
わたしなりの答えをつむいでみる。抽象的な表現は伝わったかどうかわからない。
それから2,3質問があったあと、終了した。私はレポートとの総合評価で最終的に26点を獲得した。
上出来だったと思う。

ちなみに親切な青年は30点の満点であった。さすがだと思う。彼はこの日いつもと違いジャケットを着ていた。装いを変える様はなかなかすばらしいなと思う。

こうして私はPolitecnico di Milanoで初めての単位を取得した。なんとも回り道の多い、
そしていろいろな幸運にも恵まれた、重き単位であったと思う。



今ノルウェーの恵まれた環境で学び、教授と率直に話し合える環境はほんとうにすばらしいと思う。大学も3つ見せてもらいましたが、それぞれに個性があってすばらしいですが、中でもNTNUは設備が整っていて、いい大学です。学生もみんなまじめに勉強しているし。
とりあえず今日思ったのは、ノルウェーに来て本当に良かったということ。
この国は私にすごく合っていると思う。
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by motokologic | 2006-11-30 23:46 | Landscape/ Urban pla
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