ノルウェーおもしろ制度 



私は今彼氏とともに住んでいる。そうなるとノルウェーでは私はもはや独身ではなく、Samboerという同棲の身という立場になる。
こちらでの滞在許可書の申請用紙には、選べる立場として、
未婚・同居・既婚・離婚・夫婦多妻があった。なんという多彩さだろう。ちなみにこれは外人が書き込むものなので、夫婦多彩はアラブ諸国の人用でノルウェー人だと法律違反だと思うけど。  
この同居というタイトルは法律上婚姻を結んだカップルとほとんど差異なく権利等が施行されるので、ノルウェーではもはや結婚はあまりにびっくりするほど意識されていない。この間、彼氏の親友がガールフレンドとの間に子供をもうけたが、彼女の妊娠・出産に伴って、いつ結婚するのかという議論は一度もなかったし、まわりも誰も聞かないし、子供がもうすぐ一歳になる今も彼等は結婚していないが、共に暮らし(つまりサンボーエルの立場)幸せそうだ。つまり結婚しなくても何の不自由もないのである。そういう社会なのである。(追記:ちなみに彼等は婚約しているようです。)
これが別にいいとか悪いとかは思わないが、いい点もいろいろある。日本だと、結婚していないとマンションも共同購入しづらいらしいが、こういうのは同性のカップルには本当に痛手だ。そういう点で、ノルウェーの制度は多くの人に生き方の選択肢を広げるって意味で進んでいるのだと思う。
もちろんノルウェーでも結婚する人は多くいて、でも離婚率がめちゃめちゃ高い。で、二回目からは結婚しないでサンボーエで、って人も多いらしい。

日本でもレッツサンボーエル!となる日は来るのか否か。
[PR]
# by motokologic | 2006-05-30 06:20 | About Norway

はじめに2

私は今NTNU(Norwegian University of Natural science and Technology)で、都市計画&ランドスケープを、学んでいます。このコースは国際コースで、使用言語は英語です。(ノルウェー語とか無理です)
よってに、というかこのコースで修士課程に属する7人はいずれも、外国籍です。
私・日本、ネパールから2名、チベットから1名、エチオピア1名、ガーナ1名、ウガンダ1名という多彩ぶりです。お気付きかもしれませんが、私以外の生徒の出身国はいづれも発展途上国と呼ばれる国々です。実はノルウェーは国際貢献に大変力を入れている国で、国際コースと奨学金を用意し、発展途上国からの生徒に教育の機会をあたえています。すばらしい試みですね。日本でも国際コースは用意していなくとも、奨学金を用意して、発展途上国からの生徒を多く受け入れているようですが、今まで知りませんでした。
ガーナ人の生徒と私が女性で、それ以外は男性。年齢は私が一番若く、一つ年上から36歳までと少し幅があります。バックグラウンドはアフリカ人3人は都市計画家(City Planner)、私が建築で、その他は土木(Civil Engineer)です。
このような国籍・文化の異なる人の中で学べることはなかなかない機会です。そしてそれ故に、びっくりした話・愉快な話・おもしろ話などが生まれます。そういうことや勉学で学んだことを含めて書いていきたいと思います。
[PR]
# by motokologic | 2006-05-30 06:01 | Profile

はじめに


初めまして。
手始めに、履歴書を一つ。

吉田素子 略歴
1979 京都市東山に生まれる
1998 大阪府立北野高校卒業
2005 琉球大学工学部環境建設工学科建築コース卒業
2003〜2005 
     Politecnico di Milano (イタリアミラノ工科大) 建築学部にて勉学
2005〜現在 
     NTNU (ノルウェー科学技術大学) にて修士課程 Urban Ecological Planningにて勉学中

PROFILE
Motoko YOSHIDA
1979 Born in Kyoto in Japan
1998 Finished Kitano high school in Osaka
2005 Bachelor of Engineer at the University of Ryukyus in Okinawa, JAPAN majored in Architecture
2003-2005 Studied la scienza dell'Architettura at Politecnic of Milan in Itary
2005~ M.Sc in Urban Ecological Planning at NTNU in Trondheim, Norway

はちゃめちゃプロフィール
京都は銀閣寺近くに、インテリアデザイナーの父、テキスタイルデザイナーの母のもとに生まれる。兄弟は5歳上の兄が一人。
大阪は茨木市で走り回りながら元気に育つ。当時は木登りと花摘みが好み。
隣の箕面市に引っ越し、多少上品さも身に付けつつ健康に過ごす。
中学3年時、母を病気で亡くす。その後無事北野高校に進学するも、校風になじめず留年。4年かけてなんとか卒業する。当校での不名誉な理由での留年は森繁久彌以来らしい。ある意味名誉だ。当然落ちこぼれており、浪人までしたが受験勉強ってなんかなーという思いに至り沖縄は琉球大学に逃避しつつ、進学。
勉強したかった建築だけは譲らず、マリンスポーツを楽しみながら豊かな3年間を過ごすも、魔が差してイタリアに留学。多の地で苦労をしつつ、旅行等を思う存分楽しむことでバランスを取る。人間的に多少成長。なんとか琉球大学を卒業し、悩んだ末イタリアで出会った、ノルウェー人の彼とともに過ごすため、ノルウェーの大学院に進学。現在のコースの教授とは素晴らしい出会いであったと痛感しつつ、楽しみながら勉学に勤しみ中。

勉学的もしくは放浪的プロフィール
父と母の影響は多大。小さい頃からうつくしいものを多く見させてもらった。
そして、京都との深い関わりから日本文化の体へのしみ込み方もよかったのではと思う。
中学三年の時、文化祭でクラス劇をし、大勢で何かに取り組むことが大変に気に入り当時は真剣に女優志望。高校での大学受験勉強に興味が持てなかったのはそのせいでもある。演劇等に挑戦するために、半年ほど不登校になり留年する。しかし、根性を身に付けさせてくれた体育の授業と、敬語を学んだことに感謝し、音楽の授業は大変楽しかったと記憶し、勉学の本当の楽しさを教えてくれた世界史と数学と物理と地学と、、たくさんの先生の顔が浮かぶ。留年させてまで卒業させてくれた先生方の優れた人間性に本当に感謝しなければならない。
その後進路について真剣に考え、デザインについて長く興味を持ってきたし、理系が好きであったため、工学部で建築を学ぶことに決める。
全く知らない場所というところに行ってみたかったし、受験戦争にも嫌気がさしていたので、楽に入れる(失礼な!)琉球大学に行くことに決める。沖縄というもう一つの日本で多少ののカルチャーショックに出会うが、人々の人間らしさと豊かな自然そして暖かい気候で快適に過ごす。米軍基地の沖縄の負担の大きさは住んでみるまで考えたこともなかったように思うし、何に関しても内地(本土)と同じ基準を適応することに疑問を感じ、それよりも豊かな自然を守るべきではないだろうかと思いつつも、特に個人的には何もできず過ごす。
大学2年時に友達を訪ねつつ一人で行ったイタリアの都市の美しさと文化の深さに感動する。その美しさの秘けつは何か、住んでみないと分からないこともあるだろうと、留学するならイタリアと決定。ひょんなことから、真剣に留学準備を初め、3年修了とともに休学。秋、Politecnico di Milano編入。二年間言葉の壁や文化の差に阻まれながら苦労しつつ勉強する。もちろんイタリアの食や人々の愉快さ、そして美しい街の数々の訪問に生きていることのありがたさを感じる。
ノルウェー人の彼との出会いは他愛のないものであった(失礼!)。ヨーロッパ間の交換留学生のために大学(Politecnico di Milano)が主催したシチリア旅行にわたしも参加したからである。彼も同大に交換留学に来ている一人だった。彼が自国に帰国し遠距離になるも、訪ねて行ったノルウェーの自然の美しさとそれへの取り組みかたに感銘を受ける。長い間自分の求めていたものは、家族だったのだということに気付かされたのも彼の家族に出会ったからであった。ノルウェーの社会制度や人々の意識の随分進んでいる点にも大変興味を持つ。運良くもNTNUの修士課程に興味深いコースを見つけ、教授に直談判に行く等してすんなりと入学する。ここで私が‘すんなり’と感じるのは、一重にイタリアでの様々な経験があるからであろう。
現在彼と共に幸せにすごし、勉学にも励んでいる。

以上私の自分の居場所を求めた長い旅も、ここら当たりで落ちつくのではないかと思っている。もちろん将来日本で働いてみたいと思うし、40・50歳のころの感情は今のわたしには想像さえもつきません。
[PR]
# by motokologic | 2006-05-30 05:33 | Profile